寛文年間に輪島市の隣町の貧しい百姓の家に生まれ、13歳の時、輪島の麦屋(素麺製造所)に奉公に出されました。
朝早くから夜遅くまでの辛い仕事の中で聞き覚えたのが粉挽き唄(麦屋節)。

18歳の時に遊女として身売りされたお小夜は、麦屋節を歌いながら辛い日々を明るく過ごしました。
その後越中の五箇山へ流され、そこでお小夜が歌った麦屋節が越中麦屋節の元となりました。
最後には庄川に身を投じ、28年の生涯をとじたお小夜。
そのお小夜を偲んで建てられたのがお小夜塚です。
右にある灯ろうは、そうめん造りに使われていた当時の石臼を積み上げたものです。




室町時代に五島列島から日本海経由で麺の製法が伝わり、油を使わない手延べ素麺『
